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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)6424号 判決 1972年8月28日

原告 鈴木芳明 ほか二名

被告 国

訴訟代理人 新井旦幸 ほか五名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(一)  被告は、原告鈴木芳明、同岸本寿美江、同島崎登茂子に対し各々金六、五九五、〇〇〇円および右各金員に対する昭和四六年八月一〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決並びに担保を条件とする執行免脱の宣言。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という)は、訴外鈴木卯三郎の所有であつたが、訴外千葉県知事は、昭和二六年八月七日、自作農創設特別措置法(以下自創法という)第三〇条の未墾地として、買収の時期を同年三月二日と定め、同法第九条一項但書に基づくものとした買収令書交付に代る公告(千葉県告示第三八〇号、以下本件公告という)をして、本件土地を買収した(以下本件買収処分という。)。

二  しかし、本件公告には、次のような違法な点があり、その違法はいずれも明白かつ重大であるから、本件公告は、無効であり、このような無効な公告に基づく本件買収処分は無効である。

(一) 本件公告は、自創法第九条一項但書を根拠規定としてなされたが、同条は、自創法第三条に掲げる農地買収についての規定であり、同法第三〇条に掲げる未墾地買収についてのものではない。

したがつて、未墾地たる本件土地の買収につき、自創法第九条一項但書を根拠規定としてなされた本件公告には、根拠法条を誤つた違法がある。

(二) のみならず、本件公告は、本件土地の所在地として「東葛飾郡田中村十余二」と掲げるのみで、本件土地の字である「字鴻ノ巣」および地番「二八七番の一五二」の記載を欠缺している。本件買収当時、鈴木卯三郎は、右田中村十余二には本件土地以外の土地を所有していなかつたが、かかる本件土地の所在の表示は、被買収土地の特定として十分とはいえないから、本件公告は、法律の定める公告事項を欠く違法なものである。

(三) また、本件公告は、自創法第三四条が準用する同法第九条一項但書に公告事項として規定する第二項二号の「対価の支払の方法および時期」についての表示を欠く違法なものである。

三  したがつて、本件土地の所有権は、訴外鈴木卯三郎にあるというべきところ、同人は、昭和三七年六月一三日死亡したので、同人の妻鈴木シゲ、同人の子である原告らが本件土地を相続したが、右鈴木シゲは昭和三九年一月一三日死亡したので、結局、原告らが各三分の一の割合で本件土地の所有権を相続により取得した。

四(一)  ところで、本件土地については、千葉地方法務局柏出張所昭和二九年九月一六日受付第六九七号をもつて、農林省のために、本件買収処分を原因とする所有権移転登記がなされ、その結果、昭和三〇年四月一八日自作農創設特別措置登記令第一四条一項の規定による登記用紙閉鎖の申出がなされて、同条二項の規定により登記用紙が閉鎖され、新登記用紙が作成された。

(二)  しかし、右新登記用紙記載の土地の面積は、一、九一四平方メートル(一反九畝九歩)であるのに対し、本件土地の面積は、一、三一九平方メートル(一反三畝九歩)であるから、新登記用紙記載の登記は、閉鎖された登記用紙記載の登記を移記したものではなく新らたに作成したものである。そのため、新登記用紙記載の土地は、本件土地とは、その所在地番は同一であつても、別ものであるから、前記登記用紙の閉鎖により、本件土地は、新登記用紙記載の表示では、登記簿上特定し得なくなつた。と同時に、本件土地は、付近一帯の土地と合併の上分割され、新登記用紙が作成編綴されたことにより、公図上においてもまた特定することができなくなつた。

(三)  そのうえ、本件土地については、付近一帯の土地とともに合併の上適宣分割されて、昭和三〇年頃自創法第四一条による売渡処分がなされ、昭和四三年頃から、本件土地を含む付近一帯の土地の所有者は訴外日本住宅公団となり、同公団は、本件土地の付近一帯を一体化する計画の下に宅地造成をなしたため、本件土地を測量するための起点も不明となるに至り、一体化した数十万平方メートルの広大な地域の中で、本件土地の所在、境界等を特定することは事実上不能となつた。

(四)  仮りに、本件土地が測量により特定が可能としても、訴外日本住宅公団が本件土地を時効により取得している。すなわち、本件土地についての本件買収処分並びに売渡処分が無効であるとしても、売渡処分を受けたものは、特段の事情のない限り、当該行政処分(売渡処分)により権利を取得したものと信ずるにつき過失はないから、右売渡処分後一〇年以上経ている現在においては、前記訴外住宅公団は、本件土地を時効に因り取得しているというべきである。

五  以上の理由により、原告らは、本件土地の所有権を回復することが不可能になつた結果、本件土地の価額相当の損害、すなわち、本件土地の一平方メートル当り金二五、〇〇〇円にその面積を乗じた三二、九七五、〇〇〇円の損害を被つた。

六  よつて、原告らは、被告に対し、無効な本件買収処分により、本件土地所有権を喪失したことによる損害金三二、九七五、〇〇〇円のうち金一九、七八五、〇〇〇円につきそれぞれの相続分に応じた六、五九五、〇〇〇円の各支払および右各金員に対する訴状送達の日の翌日である昭和四六年八月一〇日から支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する認否)

一  請求原因一項の事実は認める。

二  同二の事実中、本件公告の根拠規定が自創法九条一項但書と誤記されていること、同法九条は、同法三条による農地買収の規定であること、鈴木卯三郎が本件買収当時、本件土地以外の土地を所有していなかつたこと、本件公告には、「字」「地番」および「対価の支払方法および時期」の各記載が欠缺していることは認めるが、その余の事実は争う。

三  同三の事実中、本件買収処分後も本件土地を訴外鈴木卯三郎が所有しており、同人死亡によりその相続人らが相続したとの事実は否認し、その余の事実は知らない。

四  同四(一)の事実は認めるが、(二)ないし(四)の事実は争う。仮に、住宅公団が本件土地を時効により取得したとしても、右時効取得と原告の損害との間には因果関係がない。

五  同五の事実は否認する。

(被告の主張)

一  買収令書の交付に代る公告は、適法に作成された買収令書を交付できない場合に、これを処分の相手方が了知しうる範囲におき、これによつて相手方が欲すればさほどの手数を要せずその処分の内容を了知しうる状態におけば充分であるとの趣旨からなされたるものである。

二  したがつて、根拠規定に誤記があつても、それは、本件買収処分の効力には影響がない。本件買収処分は、自創法三〇条の規定に基づく未墾地買収処分であるから、その公告は、同法三四条に基づいてなされるべきところ、本件公告においては、同法九条一項但書によるものとして行われた。しかし、自創法三四条は、同法九条を準用しているので、公告の要件においては、同法三〇条の未墾地買収も同法三条の農地買収も実質的に相違はなく、本件公告においても、同法三四条に定める公告の要件を充足しているから、これをもつて、重大な瑕疵があるといえない。

三  次に本件公告には、公告要件たる「字」、「地番」の記載がないが、公告は、広く一般に周知させるための方法ではなく、被買収者たる特定人に対する告知の方法にすぎないから、これをもつて、買収土地が不特定であるとはいえない。すなわち、本件買収処分は、一筆の土地の一部の買収でもなく、また、数筆の土地の買収においてその面積の総数のみを記載したものでもないばかりでなく、鈴木卯三郎は、千葉県東葛飾郡田中村十余二には一筆の土地しか所有せず、それも将来宅地を目的とし分譲会社から購入したものであるから、被買収者である鈴木卯三郎との関係においては、字、地番の記載がなくても買収土地は特定しているといわなければならない。

四  なお、本件公告には、公告要件たる「対価の支払方法及び時期」の記載がないが、買収対価の支払方法および時期は、買収処分に対する対価の支払い手続上のことを知らしめるに過ぎず、これを欠くことは、何らその効力に影響を及ぼすものではない。このことは、自創法の規定に基づく買収が、農地法の買収と異なり、対価の支払い又は供託がなくとも買収処分の効力に影響がない(自創法一二条一項)ことからも首肯しうるものというべきである。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、まず、本件買収処分について、原告ら主張の無効原因があるか否かにつき判断する。

(一)  根拠規定の誤記について。

本件公告は、自創法第三〇条に基づく未墾地買収についてなされたものであるところ、それが同法第九条一項但書によるものとしてなされたことは当事者間に争いがない。しかし、未墾地買収の場合の令書交付に代える公告について、同法第三四条は、同法第九条を準用しているので、公告要件としては、同法第三条による農地買収の場合も、同法第三〇条による未墾地買収の場合も、実質的には同一である上、<証拠省略>によれば、本件公告が同法第三〇条の未墾地買収についてのものであることが明示されていることが認められるから、本件公告における根拠法条の誤りは、同法第三四条の摘記を遣脱したという単なる形式上のものにすぎないことが一見して明らかであつて、到底そのことが本件公告の効力を当然無効にするほどの重大な瑕疵に当るとはいえない。

(二)  字、地番の記載の欠缺について。

本件公告中の本件土地の所在地の表示につき、字、地番が欠けていることは当事者間に争いがない。しかし、<証拠省略>によれば、本件公告中訴外鈴木卯三郎からの買収地については、所在地東葛飾郡田中村十余二、地目山林、面積一、三〇九、金額一、七〇二円四二銭、住所朝鮮元山府京町二一、氏名鈴木卯三郎、との記載があつて、一筆の土地である本件土地の登記簿上の表示とは、字、地番の記載がないほかは完全に符合していることが認められ、しかも、当時訴外鈴木卯三郎が東葛飾郡田中村十余二に本件土地以外には土地を所有していなかつたことは当事者間に争いがないところであるから、本件公告においては、右程度の記載をもつて、本件土地を特定できる程度の表示があるものと認めて妨げないものというべきであつて、この点の違法をいう原告の主張も採用できない。

(三)  対価の支払方法及び記載の脱落について

本件公告に対価の支払方法及び時期の記載が欠缺していることは当事者間に争いがない。しかし、<証拠省略>によれば本件公告には、本件土地の買収対価および買収時期の記載はなされているのであつて、対価について全く記載を欠いているものではない。買収令書に対価記載が要求されるのは、自創法三〇条に基づく未墾地買収が、憲法二九条三項の要請する正当な補償の下になされたことを被買収者に了知せしめるとともに、右対価が被買収者にとつては最も重要な意義を有するからにほかならない。したがつて、買収金額記載を欠くことがその買収処分の効力につき影響を及ぼすことのあることは格別、右対価の支払方法及び時期の記載は、右対価に附随する手続についての記載であるから、対価の記載がある以上、右支払方法及び時期の記載が欠缺しているからといつて、その瑕疵の程度は軽微なものというべきであつて、本件買収処分を無効とするほど重大な瑕疵に当るということはできないと解すべきである。

以上認定のとおり、本件公告には、本件買収処分を無効とする重大な瑕疵が存在するとはいえないから、本件買収処分が無効であるとする原告の主張は採用することができない。

三、よつて、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、九三条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中永司 落合威 栗栖康年)

物件目録<省略>

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